いま、食と農を問い直す。

 根本和雄(天使大学講師)

 飽食がもたらした崩食現象
 我が国が「飽食の時代」といわれるようになったのは、1980年代(昭和55年以降)に入ってからのことであり、しかも、「飽食」とは、日本など、ほんのわずかな国の状態で世界の人口の三分の一以上が飢餓状態にあることを考えて「食と農」の問題を考えなければならないし、「飽食」は日本の農業の発展のなかで得られるのではなく、工業化、商社の活動の結果として、食生活の体系の崩壊がなされたためにもたらされた現象と見ることができよう。従って真の「豊食」は、農業の豊かさにあることを忘れてはならないと思う。

健康を築き上げる基本は「身土不二」
食生活は健康を築き上げるためのもっとも大きな要因であることは云うまでもない。その食生活の基本は「身土不二」であり、解り易く言えば、身体(身)と環境(土)とは不可分(不二)であるということで、つまり“住んでいるところの一里四方のものを食べて暮らせば健康である”ということです。
この身土不二は、日本人のみならず世界のそれぞれの地域に住む人々が実践してきたことです。従って、日本人にとって、食生活の欧米化を目指すことがどのような意味をもつか改めて問い直し輸入された食糧があふれるなかでの食生活の体系を再構築することは、単に食生活のみならず健康を築き上げるうえでも極めて重要なことではないでしょうか。改めて「地産地消」を考えてみたいと思う。

「食育」を問い直す
大正時代のジャーナリスト・村井弦斎が“子どもにとって、知育よりも、体育よりも、徳育よりも食育が先き”(「食道楽」より)で述べている「食育」とは何かを問い直してみたいと思う。もとより人間は心身一如として理解することが古くから洋の東西を問わず自然に受け入れられていたと思うのです。
従って、「食育」も、知育、体育、徳育の基礎に「食育」があって、はじめて心身一如が成り立つということではないでしょうか。
その「食育」の在り方いかんによって、私たちの人柄や性格にまで少なからず影響を与えることはこれまで多くの人々によって指摘されているところです
(例えばドイツの教育者フレーベルの「人間の教育」にはそのことが実に解り易く書かれています)。
家庭での食事の在り方、学校給食の在り方を問い直してみることは、重要な「食育」に関わる問題ではないでしょうか。

この「食農わくわくねっとわーく北海道」の皆さん方と広く多種多様な問題を多角的視点から話し合い且つ実践していくことができればと切に願うものです。